医療者と患者①

☐予期せぬ診断

「透析になってしまった!」

入院していた頃のことが、ビデオの早送りの様に頭の中を駆け巡りました。
急性腎炎と言われて入院してから3年8カ月後、こんな診断を受けることは全く予想していませんでした。

先に記したように、父親が腎炎で療養したこと、学生時代に入院したこと、その病院が透析を行っていたこと、同病の患者さんと接する機会は多々あったこと等々・・・腎臓病や透析について学び考える機会が多分にありました。

透析を宣告されて混乱と失意の中で、その大きさと同様に後悔の思いが強く襲ってきました。全く腎臓病のことを意識から遠ざけていました。
その自身の甘さと、腎臓病の恐ろしさを痛感しました。

当然のことながら、「後悔先に絶たず」です。
退院して数ヶ月で、腎臓のことは全く意識せず生活していたこと、逆に言えば、その自覚なく過ごすことができたのです。
その一方で腎臓病は進行していた、そして自覚症状が出た時には、腎機能は極端に低下していたのです。
腎臓とは、そういう特徴を持った臓器だったのです。

「予期せぬ」と書きましたが、しっかりその知識を持っていれば「予期できること」、逆に言えば「避けられたこと」或は「その時期を遅らせる」ことは出来たはずです。

腎臓病の早期発見と継続的治療の重要性の観点から、数年前に「慢性腎臓病(CKD)」という新たな疾患概念が提唱され、医療界のみならず行政等との連携で、その対策が推進されるようになりました。
(この取組については、別の機会でも触れたいと思います。)
jinnzouirasuto

☐患者にとっての情報

透析を宣告されて、初めて腎臓が「沈黙の臓器」と呼ばれ、腎臓病は「silent killer(静かな殺し屋)」と表現される臓器・疾患であることを知りました。
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患者は、病気・医療については「素人」です。
医師はじめ医療スタッフは、その専門領域を学び、職業として携わっている「プロ」です。
だから、「お願いするしかない」「お任せするしかない」という固定概念が強くあります。

勿論、患者自身で検査・診断を行い、治療することはできません。
ある面、「お願い」し「お任せ」するしかないことは否定できません。

しかし、そこに患者として「出来ること」はないのでしょうか?
医療を「提供する者」と「受ける者」との関係は、一方向の矢印だけの関係でいいのだろうか?
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透析患者として継続的治療を行う過程で、その疑問を感じる場面を多々経験してきました。
そして、医療者と患者の関係、あり方について。
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