透析室という空間

☐整然と「血の柱」が

何本もの「血の柱」が立っている。その元を辿っていけば複雑そうな計器が付いた「箱」、ベッドに添うように備えられている。それが何十台と整然と並んでいる。その光景が、まるで「養鶏所」の様に見えていました。

勿論、そのベッドには患者が横たわっています。(その時の患者さんには、申し訳ありません。)その翌日には、私自身もそこに並ぶことになりました。何となく、血の臭いがしたようにも感じました。

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扉を開けて見えたその光景、その部屋に足を踏み入れることが躊躇されました。自分の意思で歩を進めることは出来ず、案内してもらった看護師に軽く背中を押され、歩を進めた様に記憶しています。

初めての透析を前に、シャント手術を終えて透析室へ案内された時の私の印象でした。そのまま透析を行う予定でしたが、その時の私は、まだ「透析をする」ということが到底受け入れられていません。シャント手術を行ったということは、もう、その準備を行ったということですが・・・。
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「今日は・・・、明日にしてもらえませんか?」
出来る限りの抵抗でした。

☐「施す」から「提供する」へ

初めて目にした透析室は、違和感を超えて恐怖心さえ覚える空間でした。透析をしなければならないという事実に打ちひしがれ、混乱と葛藤を繰り返している身体及び精神的状況で、その環境・空間は厳しいものがありました。

その時は、混乱した状況の中での初めて経験する透析であり、不安ばかりでそれ以外のことに意識を向けることは非常に困難でした。治療を受ける所という以外に何も求めることもできなかった。
また、医療者側にも、「まずは透析」という姿勢で、その空間が患者に及ぼす影響等々については考えを及ぼしていなかったと思います。

勿論、私が透析導入した32年前は、透析のレベル自体も現在と比較すると劣悪なものであり、患者も腎不全が極度に進行した状態での導入が多かったことから、「救命」治療という側面も強かったと思います。
現在の透析医療は、医療・技術・機器等々、その研究・開発が続けられ、高度に進歩してきました。まずは救命が第一だから、その治療空間は「二の次」という時代でありません。

4~5時間、或は6時間過ごす治療時間は、透析という治療を行っていること、と同時に生活の延長であり、貴重な時間であることは言うまでもありません。まずは患者に安心と癒しをもたらし、個々の患者が求めるその時間を過ごせる空間創りが重要だと思います。

医療行為は「施術」と表現されるように、「施し」とされてきた時代には、「治療しているのだから、それでいい!」的な考えで通ったのでしょう。
しかし、患者を治療の一方の主体者とみた時、その時間と空間を含めて患者の安心・安全、そして次への気概創りのための環境が求められるでしょう。特に、継続的治療を行う透析室においては。

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☐医療におけるホスピタリティ

ホスピタリティ、「思いやり」「心からのおもてなし」と解され、サービス業でよく使われますね。
医療はサービスって?少し違和感を感じ向きもあるかもしれません・・・。
そもそも、Hospital(病院)はホスピタリティの語源 ラテン語のHospics(客人等の保護)から発展したものです。
単に空間だけでなく、勿論、医療者を含めたスタッフ全員のホスピタリティが患者との信頼関係を高めていく基本になります。
提供される医療を含めて、透析医療(施設)におけるホスピタリティをもう少し考えてみます。

まず、入り口として述べてきましたが、今、私は田端駅前クリニックのオレンジの扉と、開けると同時に響くベルの音、そして同じくオレンジを基調とした空間に温もりと安心を感じています。

 

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