透析前夜②

☐腎臓病を忘れる?!

大学に戻って暫くは「慣らし運転」の生活を続けました。
昼食は学食に頼る以外は努めて自炊し、薬も飲み、病院へも定期的に通院しました。
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2ヶ月、3ヶ月と経過すると、生活はほぼ入院前のパターンに戻るとともに、「腎臓が悪い」という意識も薄れていきました。
夏が過ぎる頃には、身体は思うように動くし、「もう治った!」と自分勝手に判断していまいました。
意識的ではなく、ついつい病院への足も遠ざかり、通院することはなくなりました。

それでも、身体には大きな変調を感じることはなく、周りと同じように生活することに支障はありませんでした。
入院中に感じていた「社会に溶け込めない」という感覚もなくなり、ごくごく普通に学生生活を送るようになり、「腎臓病である」ということは、全く意識することなく日々が経過していました。

そして、退院後、2年の学生生活を終えました。

☐透析が必要です!

卒業後、地元の小学校に赴任しました。
中学時代から目標にしていたことなので、仕事の辛さは感じませんでした。むしろ学校へ行くことが楽しい、休日も要らないと思うくらいでした。
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夏休みに入り、暑さによる疲労感だけでなく、全身に倦怠感を感じるようになりました。動こうとしても、何かが邪魔をするというか、動けない、そういう感覚を覚えるようになっていました。
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幸か不幸か?夏休みだったため、毎日出勤することはなく、決められた日、要件があるときのみ出勤することをこなしながら夏休みを過ごし、2学期を迎えました。

2学期の始まりと同時に運動会の練習が始まりました。
9月に入っても残暑が厳しい年でした。
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炎天下、種々の競技の練習を子供たちと行います。徒競走では、子供たちと一緒に走りました。
走り終えて、息苦しい。そして、グランドに立っていることすら辛くなってくる。
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当時は給食ではなく弁当持参でしたが、昼食が食べられない。そして、午後になると脚が浮腫んできました。
翌日の朝、足の浮腫みはひいているが、何となく瞼が腫れぼったい。午後になると、また足が浮腫んでくる。
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「おかしい?!」
異常だと感じながらも・・・いや、明らかに異常である。
でも、この時点でも「腎臓」には繋がっていませんでした。

学生時代、入院前に受診した近くの医院を受診し、血液と尿検査を行い、2日後に結果が出るので来院するように言われ、同時に浮腫みがあったことから利尿剤を処方されて、その日は帰りました。

翌日は通常通り学校へ行き、辛抱しながら運動会の練習を行う。
休憩時にトイレに行って、
「あっ?!」

昨日、利尿剤を処方された時、「尿が出てしかたないので、飲む時間に気を付けて。」と注意されたことを、そして、朝食後にその薬を飲んだことを思い出しました。
「そんなに出ていない!」

この時、「腎臓」ということが頭をよぎりました。

翌日、検査結果を聞くために受診、
届いた検査シートを手に医師の第一声は、
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「今まで何してた?!(今までどうしていたのか?!)」
「?」
「透析をしないといけない状態です!」
「・・・」

腎機能を示す尿素窒素(Bun)が80台、クレアチニンが12、明らかに腎不全、透析導入が必要な数値でした。
(その時初めて耳にした検査項目であり数値で、その意味は全く理解していませんでした。)
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「背筋が凍る。」ことの意味と状態が解りました。初めての経験でした。
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そして、3年前の入院時、同室だった透析患者さんの顔と言葉がはっきりと蘇りました。
「わしの様には、ならんようにな!!」

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